6月12日に、映画初単独主演作「青の炎」のBlu-ray Discが発売されることになった、嵐・二宮和也

その二宮が、3月22日に放送されたラジオ番組「BAY STORM」で、同作に関するエピソードを語っています。

それは、どのようなエピソードだったのでしょうか?


「青の炎」は、2003年に公開されました。

もう12年前の作品です。

最近は、以前の作品がどんどんBlu-ray化されています。


同作で、二宮は17歳の高校生役を演じました。

厳しい家庭環境の中で育った主人公が、母や妹を守るために義父を殺害してしまいます。

非常に難しい役ながら、二宮は主人公の複雑な葛藤など見事に演じ切りました。


同番組で、二宮は同作についてのエピソードを明かしました。

映画の公開日当日に、初日舞台あいさつを終えて、関係者と映画を劇場で見ることになったそうです。

舞台あいさつの時は、たくさんのファンが詰めかけ、大盛り上がりだったといいます。

その時に、二宮は俳優気取りで調子よく話していたそうです。


初日の3回目か4回目ぐらいの上映の時に、劇場に観に行ったといいます。

何かあったら、すぐに劇場から出られるように、端の方の席に座ったそうです。

騒ぎになるどころか、劇場はガラガラだったというのです。

これには、二宮も驚いたようです。

初日の上映ですからね。

2つ、3つ前の上映の時には、二宮が舞台あいさつで登場し、大盛り上がりだったのです。

それが、ガラガラとはまさかの事態です。

 「切なかったね~、あれね。あのとき切なかったね……。あ~れはねぇ、あれからもう怖くて出てなかったんじゃない? 映画(笑)。『ピカンチ』ぐらいまで出て、“もう(嵐としての)5人でいいや”みたいな。いや、今まだ自分がさ、この世界で働いてるからこんなこと言えるよ。これ辞めてたらさ、もうとんでもない傷背負ってるよ、オレ」

と、当時の悔しい気持ちを振り返ります。

(ジャニーズ研究会より引用)


二宮自身は、当時知名度や実力がなかったことを認めています。

それでも、かなりショックだったでしょうね。

すっかり自信を無くしてしまったようです。


しかし、今では同作に出演できたことは、非常にいい経験になったと捉えているようです。

始めから、何もかもがうまくいく人はいませんね。

絶対に、誰でも何度かは挫折します。


この後、二宮は翌年公開の「ピカ☆☆ンチ LIFE IS HARDだからHAPPY」に、嵐メンバー全員で映画に出演しますが、個人としては2006年公開の「硫黄島からの手紙」まで、実に2年もブランクが空きました。

これは、トラウマが影響したのでしょうか?

しかし、「硫黄島」でかなり高い評価を受けたためか、これ以降「GANTZ」「プラチナデータ」など、どんどん映画に出演するようになりました。

二宮自身も、「硫黄島」で自信がついたのかもしれません。

こうして、二宮は今では、ジャニーズで屈指の演技派俳優と言われるまでに成長したのです。


先日公開されたHey!Say!JUMP・山田涼介主演の映画「暗殺教室」では、殺せんせーの声を担当していることが明らかになり、大きな話題になりました。

12月には、山田洋次監督の作品「母と暮せば」に出演することも決まっています。

これからも、俳優としての二宮に注目したいですね。



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