今年もNHK紅白歌合戦で白組の司会を務めることになった

今回で、司会は4年連続で4回目となります。

今でこそ、嵐はジャニーズを代表するスーパーアイドルとなりましたが、嵐のデビュー当時はどうだったのでしょうか?

 嵐がデビューした当時はジュニアがタレントとして確立され、世間にも広く認められた「ジュニア黎明期」だった。ファンクラブ組織「情報局」の発足やジュニアだけのライブイベントなどが積極的に開催され、『8時だJ』(テレビ朝日系で1998年4月15日~1999年9月22日まで放映)というジュニア専門のテレビ番組もゴールデンで放送される盛り上がりだった。

 この時まで存在しなかった「ジュニア」ブームの到来である。ジュニアはあくまで「候補生」とか「研究生」的な扱いとして認識されながら30余年。これを払拭した滝沢秀明らの活躍によって、「ジャニーズジュニアというタレント」を確立させたのだ。

 そしてこの世代のジュニアから飛び出したのが現在の嵐だ。じつはジャニーズの長い歴史では、先輩たちの「バック」で頑張った結果としてそのままグループ結成してデビューするという形が通例だった。ジュニアとしてタレント認知を広めた上で人気どころを集めてグループとしてデビューさせたのは、後にも先にも嵐だけなのだ。

(日刊ナックルズより引用)


嵐はツイていました。

滝沢らの活躍で、一時Jr.人気はすごかったですからね。

運も実力のうちでしょう。

もし、あのJr.ブームがなければ、今の嵐はなかったのかもしれません。


では、Jr.時代及びデビュー後の嵐はどうだったのでしょうか?

 嵐のメンバーは、デビュー以前は決して人気でジュニアの1位や2位を争う面々ではなかった。特にリーダー大野智はいるのかいないのかわからないという存在感の薄さがネタにもされるほど。彼の力量が発揮されたのはバックステージでの存在感だった。滝沢秀明や小原裕貴が表で華やかに舞い踊る裏で、大野智は番長的存在で恐れられていた。ただそれだけのジュニアだった。同様に松本潤、二宮和也、櫻井翔にしても人気はあったがあくまで次点扱い。相葉雅紀に至っては面白いだけのお笑いキャラ扱いだった。

 本人たちもまさかの人気だと思っているかもしれない。松潤はドラマから、ニノはハリウッド映画、櫻井はニュースキャスター、相葉はお茶の間で人気者になり、大野は絵画などアーティストとして個性を発揮している。それぞれ異なる持ち場を持っていることも現代ジャニーズらしいし、シングルでのミリオンヒッターも唯一だ。完璧な配置と結果である。

 もし、嵐というグループの大ヒットがなかったことを考えると、ジャニーズの牙城も揺らいでいただろう。後に続く無数の後輩たちも活動はスムーズに行かなかったはずだ。今年の紅白で初出場となるSexy Zoneにしても、嵐というジャニーズの看板グループがあればこその露出である。

(日刊ナックルズより引用)


私はあまり詳しくは知らなかったのですが、デビュー前の嵐メンバーはそれほど人気があったというわけではないようです。

Jr.でダントツの人気があった5人を揃えたようなイメージがありましたが、そうではないようです。

嵐には悪いですが、私もまさかSMAPを超えるとは思ってもみませんでした。

嵐というグループ名についても、変な名前だと感じました。

“ワールドカップバレーボール”のイメージキャラクターが終わった後は、たいした活躍はしないだろうと思いました。

それが、ジャニーズ事務所さえも予想していなかった大ヒットです。

今や、もっとも人気がある男性アイドルグループと言ってもおかしくはありません。

この嵐のヒットで、ジャニーズ事務所も安泰ですね。

後は、新しいスターを育てられるかにかかっています。

今度は嵐が次世代のスターの育成に力を貸してあげて欲しいですね。

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