嵐・相葉雅紀が「レコメン!アラシリミックス」で、自身の16歳の時のことを語りました。

相葉が16歳の時は、まだ嵐でデビューしておらず、ジャニーズJr.で頑張っていたといいます。

その当時は、友達が2人しかいなかったことや、Jr.としての活動が大変だったことなどが明らかになりました。


リスナーから「どんな16歳だった?」と聞かれた相葉は、「総武線に乗ってましたよ」と予想外の回答をしてしまいます。

よほど総武線に思い入れがあるのでしょう。

この時の相葉は、よく総武線を利用していたのです。

“総武線コンビ”で有名な二宮和也と、一緒に電車に乗っていました。

実は、ニ宮の他にも、今大活躍のジャニタレ2人と、総武線を利用していたといいます。


今考えても、すごいメンバーですね。

このように相葉にとっては、総武線は青春そのものなのかもしれません。


相葉は、当時の学校生活について次のように語っています。

「ま、学校行ってぇ! 友達2人しかいなくて。で(学校)終わって……レッスン行って」

と、天真爛漫な性格からは少なく感じられる友人関係を明らかに。それでも、大好きなバスケットボールは仲間とやっていたようで、「3on3とかよくやってたのが、それぐらいの時」と続けた。3on3とは文字通り3対3で争うバスケットボールのこと。相葉がジャニーズ入りを決めたのも「SMAPとバスケをしたい」という理由だっただけに、よほど当時はバスケが好きだったのだろう。

(サイゾーウーマンより引用)


この時の相葉には、友達が2人しかいなかったそうですね。

友達とは、真の友達を指しているのでしょう。

普通に話したりする友達は、たくさんいたと思います。

バスケ部に所属していたぐらいですから、そんなに友達が少ないはずがありません。

相葉のジャニーズ入りの理由が、SMAPとバスケをしたかったからだとは思いもしませんでした。

驚きました。

調べてみると、結構有名な話だそうですね。


相葉によれば、ジャニーズJr.としての活動は大変だったんだそう。当時のJr.は、現在のような100人200人といった大所帯ではなく、メインで動いているのは30~40人ほど。また今のように、いくつかの組に分かれて先輩グループのバックでそれぞれ踊るのではなく、相葉の時代はあらゆるグループのバッグダンサーに回っていたという。

「V6の後ろで踊ったり、キンキの後ろで踊ったり。V6っつってもカミセン・トニセン分かれてコンサートやるから、それ(振り付け)を全部覚えてた気がしますね」

(サイゾーウーマンより引用)


踊りを覚えるのが大変だったでしょうね。

1日に何十曲も覚えなければならなかった日があったという話を聞いたことがあります。

すごいですね。

普通の人には無理です。

そう考えると、今のJr.の方がよほどマシですね。

この時の相葉は、何も考えずに頑張っていたそうです。

本当に、ジャニーズで成功するのは難しいですね。

スポンサーリンク

この記事が気に入ったら
フォローをお願いします!

Twitterでのフォローをお願いします!